三輪小学校に残る金屋石仏の拓本

三輪の暮らし博物誌
金屋の石仏拓本

三輪小学校の会議室で、こんなものを見つけました。

表装された二枚の拓本。「金屋の石仏」です。
金屋の石仏は、山辺の道沿いの小さなお堂にお祀りされている二体の石仏です。拓本になると、石仏とはまた違った姿が現れます。螺髪や顔立ち、光背、衣のひだ、手の形。石に刻まれた線が紙に写し取られ、写真で見るのとは違う表情が浮かび上がっています。

この拓本を眺めているうちに、ふと、ずっと昔に見たことがあるような気がしてきました。
私が三輪小学校の小学生だった頃だったのか、それとも20歳頃、この学校を訪れた時だったのか。当時の校舎はもう残っていませんし、校長室だったか別の部屋だったのかもはっきりしません。それでも、この二体の拓本がどこかの壁に掛かっていたような、微かな記憶があります。本当に見た記憶なのか、それとも今回見つけたことで生まれた錯覚なのか。それさえ分かりません。

それにしても、なぜこの拓本が三輪小学校にあるのでしょうか。

いつ、誰が採ったものなのか。
誰かが学校へ寄贈したものなのか。

今のところ、何も分かりません。
紙には年月を感じさせる変色があり、左側の拓本の下部には破れも見られます。長い間、この学校に掛けられてきたのでしょう。

有名な文化財について調べると、その由来や年代、文化財としての価値はいろいろな資料から知ることができますが、こんなふうに地域の学校の会議室に何気なく掛かっている一枚の拓本にも、別の歴史があります。

誰かが石仏に紙を当て、拓本を採ったこと。
それを大切に表装したこと。
そして学校に残そうとしたこと。

そこには、三輪の人が金屋の石仏をどのように見て、どのように伝えようとしてきたのかという記憶が刻まれているように思われます。機会があれば額の裏側に何か書かれていないか、見せてもらいましょう。

まちの歴史は、文化財の中だけにあるわけではありません。
学校の会議室の壁にも、ひっそりと残っていました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました