ほんでみぃアカデミー

三輪の自然、歴史、文化、暮らしを題材に、調べ、考え、学び、体験する「まちの学び舎」です。身近な三輪を入口に、地域から日本へ、過去から未来へと学びを広げていきます。

「ほんでみぃ」とは

「ほんでみぃ」は大和の言葉で、「それでね」という意味の呼びかけの言葉です。「ほんで」は「それで」、「みぃ」は「見なさい」の「みよ」が終助詞化したもので、この辺りの特徴的な言い回しです。アカデミーと脚韻を踏んで、「ほんでみぃアカデミー」と名付けました。

知っただけで終わらず、もう一歩先へ。
ほんでみぃ、歩いてみぃ、聞いてみぃ、調べてみぃ、やってみぃ、アカデミー。

まちの人が、まちの学芸員

たにぐく堂には、立派な博物館の建物も、大勢の専門の学芸員もいません。
そのかわり、三輪のまちそのものが博物館です。

そして、そこに暮らす人、働く人、三輪に関わる人が、自分の身のまわりにあるものを見つけ、調べ、記録し、人に伝える。私たちは、そんな人を「住民デミー」と呼ぶことにしました。

昔の写真を持っている人。
祭りのことをよく知っている人。
古い道を知っている人。
植物や生き物に詳しい人。
古文書を読める人。
長年、商売をしてきた人。
面白い話を聞いて覚えている人。

みんなが、それぞれの得意なことを持ち寄れば、まちのことを知る大きな博物館になります。
ほんでみぃアカデミーは、そうした「住民デミー」が育ち、学び合う場でもあります。

三輪から学ぶ

講座を聞くだけが、ほんでみぃアカデミーではありません。

まちを歩く。
古い写真を見る。
お年寄りから話を聞く。
文献を調べる。
祭りに参加する。
昔の遊びや仕事をやってみる。
分かったことを記録し、誰かに伝える。

三輪には、学びの入口がいくらでもあります。
専門家から学ぶこともあれば、まちの人から教わることもあります。反対に、自分が知っていることを誰かに伝えることもあります。
先生と生徒を固定せず、知っている人が教え、知らないことは誰かに教わる。

知る。調べる。やってみる。そして、伝える。

ほんでみぃアカデミーは、三輪のまちを教室にした学びの場です。

三輪をつむぐ100のお話

第22話 やまと

大和国一之宮大神神社境内にある大美和の杜からは、秀麗な三輪山と大和三山、二上山(ふたかみやま)など、大和の国原と青垣を一望することができます。今の奈良県を、むかしは大和の国といいました。「大和」「やまと」は奈良県をあらわす言葉であると同時に...
三輪をつむぐ100のお話

第21話 花鎮め

むかしの人たちは、春に花が散るころ、病気がはやると考えていました。そこで、疫病をもたらす神々を鎮め、人々が元気に暮らせるようにと行われてきたのが、大神神社と狭井神社の「鎮花祭(はなしずめのまつり)」です。崇神天皇の御代に始まったと伝えられて...
ほんでみぃアカデミー

箸中の名物「糖粽」をよみがえらせたい

いまの桜井市箸中に、かつて「糖粽(あめちまき)」という名物がありました。室町時代から江戸時代の初めにかけて、箸中には糖粽を作って売る「糖粽座」がありました。「三輪座」とも呼ばれたようです。興福寺大乗院の記録『大乗院寺社雑事記』には、長禄3年...
三輪をつむぐ100のお話

第20話 大物主さまと倭迹迹日百襲姫

倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)は大物主(おおものぬし)さまの妻となりました。けれども、その神はいつも昼には見えず、夜にだけおいでになりました。姫は言いました。「あなたさまは、昼にお見えにならないので、そのお顔をはっきり拝見する事が...
三輪をつむぐ100のお話

第19話 日本最初の市場と三輪のえべっさん

むかし、三輪山のふもと初瀬川のほとり、今の桜井市金屋あたりに「海石榴市(つばいち)」という市場があり、たいへん栄えていました。市場は、物を売り買いするだけの場所ではありません。たくさんの人が行きかい、物と物、人と人、そして新しい文化が出会う...