第18話 ときじくのかぐのこのみ

三輪をつむぐ100のお話
ときじくのかぐのこのみ 大和橘

第11代垂仁天皇が大和の纒向珠城宮(まきむくたまきのみや)に都をおかれていたころのことです。天皇は家臣の田道間守(たぢまもり)に、「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を探してまいれ」と命じられました。「非時香菓」とは、季節が変わってもいつまでも香り高く実る、不思議な果実のこと。海のかなたの常世(とこよ)の国にあり、食べると不老不死になると伝えられていました。

田道間守はその使命を果たすため、はるか遠い海の向こうへと旅立ちました。そして十年の歳月をかけ、ようやくその果実を見つけ出し、宮廷へと持ち帰りました。しかし、そのときすでに天皇は崩御されており、天皇の命を叶えることはできませんでした。

田道間守は深く嘆き、持ち帰った橘の実を皇太后・日葉酢媛命に献上し、残る果実を天皇の陵に捧げたのち、悲しみのあまりその場で息絶えたと伝わります。

田道間守がもたらした「非時香菓」は、黄金色に輝く橘でした。古代、「おかし」とは木の実や果物のことを指しました。中でも橘は最も優れた果実とされ、田道間守は「おかしの神さま」として崇められるようになりました。


この伝説は、和菓子文化の源流ともいえるものです。桜井市穴師の大兵主神社境内にある橘神社には、常世の国から橘を持ち帰った田道間守が「菓祖神」として祀られています。

明治天皇もまた、田道間守を偲んで歌を詠まれました。
「たちばなの花をし見ればまきもくの珠城の宮ぞしのばれにける」
橘の花が咲くのを見ると、纒向珠城宮のことが偲ばれる――。

大和橘は、日本に古くから自生する数少ない柑橘の一つです。
「橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木」
聖武天皇は、霜が降りても緑の葉をたたえる橘を、このように歌われました。冬になっても葉を落とさず、香り高い花を咲かせ、黄金色の実を結ぶ橘の姿に、いつまでも衰えない命を重ねたのでしょう。

「ときじくのかぐのこのみ」橘は、今、ふたたび大和の地で育てられ、お菓子や飲み物など新しい姿となって、私たちの暮らしの中によみがえりつつあります。 二千年近く前の「かぐのこのみ」の香りは、今も大和に受け継がれているのです。

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