三輪山には大きな杉の木がたくさんあり、神の木として大切にされてきました。三輪の神杉として特に有名なのが「衣掛けの杉」で、『杉立てる門』という歌によまれています。
「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」
(私のいおりは、三輪山のふもとにあります。私を恋しく思うならば、杉の木が立っている(三輪明神の)門を尋ねておいでなさい。)
この歌は、三輪明神奉讃歌(三輪明神をたたえる歌)一つ目の歌で、大神神社の大きな祭礼には雅楽の調べにのせて歌われます。大物主命自らがよまれたとつたえられ、能楽「三輪」では神によって吟じられます。平安時代の『古今和歌集』(905年)には「詠み人知らず」として収められていて(巻18雑下982)、風俗歌(ふぞくうた・民謡)として人々のあいだで歌いつがれていたものが収められたものと考えられます。
『枕草子』を書いた清少納言(966~1025)は、この歌を特に好んでいたようで、次のように記しています。
「歌は、風俗。中にも、杉立てる門。」
(歌謡は民謡。その中でも『杉立てる門』という歌がおもしろい。)
そのころの都びとにとって、三輪山や三輪(椿市)はなじみぶかいところであったようで、清少納言は枕草子で三輪をしばしば取り上げ、
「市は、つば市。大和にあまたある中に、長谷に詣づる人のかならずそこにとまるは、観音の縁のあるにや、と心ことなり。」
「山は、三輪の山をかし。」
「やしろはすぎの御社、しるしあらむとをかし」
と、その美しさや特別な魅力をたたえています。
「杉立てる門」として知られる杉の木は「衣掛けの杉」とよばれ、今は切りかぶとなって、拝殿の斎庭(いつきにわ)につづく石段わきにそのすがたを残しています。 三輪の大神さまは、今も変わらず「恋しくなったらいつでもわたしのところをたずねてきなさい」と語りかけ、時を越えて三輪山で人々をやさしくむかえてくださいます。


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