三輪で酒を酌み交わすなら、乾杯も三輪らしく。小料理屋「福づつみ」でみんなが集まって酒を飲むとき、こんな乾杯をしています。
音頭を取る人が、まず高橋活日の歌を唱えます。
此の神酒は 我が神酒ならず
倭成す 大物主の 醸みし神酒
そして、
「幾久!」
と声を掛けると、みんなで、
「幾久!」
と唱和して、盃を上げます。
これが、私たちの「三輪式乾杯」です。
わが国最初の乾杯
この歌は、わが国最古の史書『日本書紀』に記された高橋活日(たかはしのいくひ)の歌です。
崇神天皇の御代、大物主大神をお祀りするため、活日は神酒を醸す人に選ばれました。そして一夜にして神酒を醸し、天皇に献じたと伝えられています。そのときに詠んだのが、この歌です。
「この神酒は、私が醸した神酒ではありません。倭の国をおつくりになった大物主大神がお醸しになった神酒です」
そして、「幾久、幾久」と言祝ぎました。
「幾久」は、幾久しく栄えますように、末永く健やかで幸せでありますように、という祝いの言葉です。
わが国最古の史書に記された、酒を酌み交わす席での祝いの発声。
「幾久、幾久」。これが、わが国最初の乾杯の発声です。
三輪は、日本の乾杯発祥の地なのです。
ならば、今も「幾久!」で
三輪は、酒造りの神さま、大物主大神がお鎮まりになるまちです。「味酒(うまさけ)」は、古くから三輪にかかる枕ことばでもあります。そんな三輪に、神酒を捧げて「幾久、幾久」と言祝いだ酒宴の言葉が残っている。
ならば、昔の物語の中だけにしまっておくのは、もったいない。
三輪で酒を飲むなら、今も「幾久!」で乾杯したらええやん。
そんなところから始めたのが、三輪式乾杯です。やってみると、これがなかなかいい。
「幾久しく、お元気で」「幾久しく、幸せに」「今日できたご縁が、幾久しく続きますように」
そんな思いを込めて、みんなで声を合わせて盃を上げる。ただ「乾杯!」と言うのとは、ちょっと違った酒になります。
宴の始まりから、お開きまで
福づつみでの三輪式は、乾杯だけではありません。
「幾久!」で始まった宴の中締めには、祝い唄の「伊勢道中唄」を歌います。
私がこの歌を受け継いだのは、奈良県御杖村桃俣。伊勢本街道の宿場であった桃俣では、伊勢参宮の旅人を迎える歌が始まりといわれ、祭礼をはじめ、婚礼や建前など、人々が喜びを分かち合う席で歌われてきました。
音頭取りが歌えば、みんなで合いの手を囃します。上手に歌うことが目的ではありません。その場にいる人たちの健康や幸せ、末繁昌を願い、みんなで声を出して喜びを分かち合う。それが祝い唄の心です。
そして最後は、「大和の手打ち」。
大神神社氏子三十四か郷中の江包・大西両地区のお綱祭で、男綱女綱夫婦和合ののち執り行われる、おめでたい手打ちです。掛け声に合わせて手を打ち、最後の「しゃん」でぴたりと打ち止め。そのあとは拍手をしないのが正式です。
始まりは、言葉で言祝ぐ「幾久」。
中締めは、歌で言祝ぐ「伊勢道中唄」。
お開きは、手を打って言祝ぐ「大和の手打ち」。
これらが昔から一組の作法として伝わってきたわけではありません。それぞれに伝わってきた古い言葉、歌、作法を、今の三輪の宴席でもう一度使ってみようと組み合わせたものです。
旅人も一緒に
福づつみには、ときどき、旅の途中のお客さんもいらっしゃいます。たまたまその日に店に入った人が、三輪の人たちと同じ卓を囲む。最初は何のことかわからないまま、周りを見ながら、
「幾久!」
と盃を上げる。
宴が進めば、伊勢道中唄の合いの手を教えてもらって一緒に囃す。
そして最後には、大和の手打ちを一緒に打つ。
三輪について何も知らずに店に入ってきた人が、帰るころには一つ、二つ、三輪や大和の作法を身につけている。そんな光景を見るのが、私はとてもうれしいのです。
旅先で土地の料理を食べる。地酒を飲む。名所旧跡を見る。それも旅の楽しみです。
でも、その土地の人たちがやっていることに自分も混ぜてもらい、同じ声を出し、同じように手を打つ。そこには、見るだけではわからない、その土地の文化があります。
三輪の酒を飲むだけでなく、三輪の酒宴に加わってもらう。福づつみが、そんな場所になればと思っています。
三輪から「幾久!」を
「うま酒三輪ほろ酔い巡り」では、春の回を「うま酒三輪うるおい初め『いくひさ乾杯まつり』」と名づけています。「幾久」という言葉と、日本最初の乾杯のまち三輪を、たくさんの人に知ってもらうためのお祭りです。
でも、「幾久!」は祭りの日だけのものではありません。
福づつみで一杯やるときも。
仲間が集まったときも。
遠くから来た人を迎えるときも。
めでたいことがあったときも。
「幾久!」
と盃を上げればいい。
近ごろは、「乾杯」という漢語ではなく、日本古来の祝いの言葉である「弥栄!」で杯を上げる人もいます。「弥栄」も、いい言葉です。
そして、もう一つ。
「幾久!」
日本最古の史書に残された、酒の席で人を言祝ぐ言葉です。
まずは三輪で「ほな、幾久でいこか」と当たり前に言われるようになればいい。そして三輪を訪れた人が、この言葉を一つお土産に持って帰ってくれたら、もっとうれしい。
いつか遠くのどこかの酒場で、「今日は『幾久!』で乾杯しましょう」という声が聞こえてくる。
そんなふうに、三輪から少しずつ「幾久!」が広がっていけばと思っています。
昔の言葉を、今の声に。
祝いの言葉は、声に出してこそ言霊。
それでは皆さん、お手元の盃をお持ちください。
幾久!


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