「八十の衢、ふたたび。」――三輪まちなかつば市「よいよい祭」で試みること

2026年10月12日、三輪まちなかつば市「よいよい祭」を開催します。

今年は、三輪惠比須神社が現在地へお遷りになって1100年という節目の年です。大祭は10月14日。その前々日にあたる12日、「よいよい祭」を開くことにしました。

「よいよい」には、いくつもの意味を重ねています。
宵々宮の「宵々」。
めでたい「良い良い」。
祭りの囃子言葉「ヨイヨイ」。
そして、三輪のうま酒を楽しむ「酔い酔い」。

しかし、今回やりたいことは、大きなお祭りを一日開催することだけではありません。
テーマに掲げたのは、
「八十の衢(やそのちまた)、ふたたび。」
です。

「八十の衢」と呼ばれたまち

古代の海石榴市(つばいち)は、日本各地、さらには海外からも、人・物・文化が集まり、行き交う市場でした。「八十の衢」とは、多くの道が分かれ、また出会う場所。その海石榴市の記憶を持つ三輪で、もう一度、人が歩き、出会い、何かが生まれる場所をつくれないだろうか。今回の「よいよい祭」は、そんな発想から組み立てています。

会場を一か所に集めるのではなく、
三輪惠比須神社
三輪駅前広場
福之神の辻

の三つに分けます。さらに三輪駅から惠比須神社までの沿道にも店を出してもらい、三つの会場を巡るスタンプラリーを行います。
つまり、祭りそのものを、まちを歩いてもらう仕掛けにするわけです。

まず、人がまちを歩く

祭りの始まりは「八十の衢 練り歩き」。地元の和太鼓グループ「桜井歌垣舞楽団 和のーと」が、獅子舞と和太鼓で、三輪駅前広場から福之神の辻を通り、三輪惠比須神社まで練り歩きます。

駅と神社の間を、人が歩く。ごく当たり前のことのようですが、今の三輪では、ここに大きな意味があります。

三輪惠比須神社を、もう一度まちの中へ

三輪惠比須神社は、本来、上街道に正面を向けて鎮座し、市場町・門前町として発展した三輪の中心にありました。
ところが明治時代、神社の背後に三輪駅ができました。その後も駅側から惠比須神社へ至る動線は十分に形成されず、多くの参拝者は駅から大神神社へ直接向かうようになります。

そこで御遷座1100年という節目に、
三輪駅―商店街―三輪惠比須神社
をもう一度つなぎ直してみる。駅・門前町・神社を別々の場所として考えるのではなく、一つのまちとして歩いて巡れるようにする。
今回の祭りそのものが、その可能性を試す実験でもあります。

昔からあるものと、新しく生まれるもの

三輪惠比須神社では、三輪の歴史、芸能、食文化を、見るだけではなく参加して楽しめるものにします。

  • 紙芝居屋ガンチャンには、万葉集の海石榴市の歌や「妹背山婦女庭訓」の三輪杉酒屋を題材にした創作紙芝居をお願いしています。
  • 音頭 太鼓打源五郎は千本杵餅つきの音頭をとります。みんなでついた鏡餅は神前へ奉納し、きな粉餅を振る舞います。
  • 和太鼓、二胡、バグパイプという、時代も生まれた場所もまったく違う音楽も響きます。
  • 昔、初えびすの縁起物として親しまれ、「ハゼ袋」と呼ばれていたポン菓子も復活します。

昔の祭りをそのまま再現するのではありません。このまちに残る記憶を拾いながら、今の人たちが面白いと思うものを重ねていく。それによって、次の三輪の文化が生まれてくればと思っています。

御遷座1100年から、仏教公伝1500年へ

書家・西野寛山さんと二胡奏者・服部孝志さんには、「書と二胡」のライブパフォーマンスをお願いしています。
三輪惠比須神社は、古代海石榴市の神さまをお祀りする神社です。そして海石榴市は、日本に仏教が公伝した地とも伝えられています。
2038年には、仏教公伝1500年という、さらに大きな節目がやってきます。
2026年の御遷座1100年を祝って終わるのではなく、そこから12年先へ。古代から受け継がれてきた文化の記憶を、未来へつないでいく契機にもしたいと考えています。

「三輪惠美酒」をつくってみる

そして、新しいものも生み出します。
その一つが、クラフトビール、「三輪惠美酒(みわえびす)」です。
名前は、三輪惠比須神社の棟札に残る「惠美酒宮」と、「うま酒三輪」を掛け合わせました。
「美酒を恵む宮」。
何とも三輪らしい名前ではないでしょうか。
今回は限定販売ですが、新しい三輪の名物として育て、さらにその先には、三輪でのクラフトビール醸造所(ブリュワリー)の開設まで妄想しています。祭りの日だけ売って終わる商品ではなく、祭りをきっかけに、新しい地域産業の種をまく。これも一つの実験です。

駅前に、新しい「海石榴市」をつくる

三輪駅前では、「さこすて®つば市」を開催します。
現在、さこすて®の実証実験は、三輪だけではなく、紀伊由良、神辺、篠山口でも行われ、かつては坂越でも実施されていました。それぞれの地域が駅前へやって来て、特産品や地域の魅力を持ち寄ります。

古代の海石榴市には、各地から人や物や文化が集まりました。ならば現代では、鉄道駅という交通の結節点に、それぞれの地域を持ち寄ればいい。古代の市場を復元するのではなく、その仕組みを現代に読み替えてみる。

「さこすて®つば市」は、いわば現代の海石榴市をつくる実験です。

そして坂越と三輪には、もう一つ不思議なご縁があります。
坂越の大避神社の御祭神・秦河勝は、伝説によれば壺に入って三輪の大鳥居に漂着し、その後、坂越へ渡り、そこで生涯を終えたと伝えられています。三輪は秦河勝伝説の始まりの地。坂越は終焉の地。
そんな土地と土地との物語まで、現代の交流へつなげられたら面白いと思っています。

「福之神の辻」をつくる

三輪駅前通りと栄町商店街が交わる四辻。ここは、三輪駅、大神神社参道、三輪惠比須神社、一の鳥居を結ぶ、まち歩きの結節点です。
そこで、大黒(三輪明神)と恵比須にちなんで、
「福之神の辻」
と名付けることにしました。名前を付ければ、ただの交差点が「場所」になります。

この四辻と周辺の空き地を使って、三輪栄町かえしばによる、小さな商いと空き地活用の実証実験を行います。これも、祭りの日だけの露店場所をつくることが目的ではありません。

  • 空いている場所を使って小さく商いを始められないか。
  • そこから常設の店へ育つ人が現れないか。

祭りという非日常を利用して、日常のまちを少し変えてみる試みです。

一日のお祭りを、一日で終わらせない

三輪まちなかつば市は、もともと「まちなか」を元気にするために始めたものです。だから今回も、人を集めて「盛況でした」で終わらせたくありません。

今回の「よいよい祭」で試してみたいことを、企画書では四つに整理しました。

  • 歩くまち
    参道と三輪駅から、まちなかへの回遊を生み出す。
  • 活かすまち
    空き地や空き店舗を、小さな商いや活動に使ってみる。
  • つながるまち
    さこすて®などを通じて、地域と地域の交流ネットワークをつくる。
  • 生み出すまち
    三輪惠美酒のような、新しい三輪ブランドを育てる。

祭りは、一日で終わります。けれども、その日にまいた種の一つでも、翌日からの三輪に残ればいい。

  • 人の流れが少し変わる。
  • 空いていた場所に使い道が生まれる。
  • 別の地域との付き合いが始まる。
  • 新しい商いが生まれる。
  • 昔からあった場所に、新しい名前が付く。

そういう小さな変化を積み重ねていくことが、「まちなかつば市」でやりたいことなのだと思います。

八十の衢、ふたたび。
昔の海石榴市を取り戻すのではありません。人が行き交い、出会い、物や文化を持ち寄り、そこからまた何かが生まれる。そんな「市場町・三輪」の仕組みを、今の時代にもう一度つくってみる。

2026年の「よいよい祭」は、そのための社会実験です。


記録

令和8年 三輪まちなかつば市「よいよい祭」
テーマ:八十の衢、ふたたび。
開催予定:2026年10月12日(月・祝)
三輪惠比須神社御遷座1100年大祭(10月14日)の前々日

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