三輪は、酒のふるさとである。
酒の神として信仰を集める大神神社、新酒の季節を知らせる杉玉、三輪を冠する枕詞「味酒(うまさけ)」。そして、その三輪山の麓で360余年にわたって酒を醸してきた今西酒造。
令和7年(2025)春、大神神社の参道に「三輪伝承蔵」が誕生しました。
この蔵が目指しているのは、新しい酒蔵を一つ造ることだけではありません。三輪という土地に受け継がれてきた歴史、風土、農、技、そして人の営みを酒に結び、「まちを醸す」こと。
奈良新聞のために取材・執筆した原稿を、三輪の今を伝える記録として、ここにも残しておきます。
神話から続く酒のふるさと三輪
此の神酒は 我が神酒ならず
倭なす 大物主の 醸みし神酒
幾久 幾久
崇神天皇に一夜酒を献じた高橋活日(たかはしのいくひ)の歌は、酒造りの始まりを謳い、幸せと弥栄を祈る言霊として受け継がれてきた。三輪明神は酒の神として酒造家の篤い信仰を集め、新酒到来を告げる「志るしの杉玉」は、全国の酒蔵の軒先を飾る風物詩となっている。三輪の枕詞「味酒(うまさけ)」も、この地と酒との深いつながりを物語る。
三輪の歴史風土と創業360年の老舗
その三輪山の麓で360余年にわたり酒を醸してきたのが、今西酒造である。創業万治3年(1660年)、奈良県最古の造り酒屋であり、代表銘柄「三諸杉(みむろすぎ)」が人々に親しまれてきた。人形浄瑠璃「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」に登場する杉酒屋のモデルとなったことからも、地域文化に深く根付いてきたことが分かる。
13年前に蔵を継いだのが現社長の今西将之さん(42歳)である。東京のリクルート勤務を経て28歳で帰郷した。外の世界を経験したからこそ、改めて三輪の素晴らしさを実感すると同時に、その価値が十分に知られていない現実にも気づいたという。
「三輪には多くの素材があるのに、それを活かしきれていない。情報ギャップを埋めたい」
そうした思いを具現化したのが、今春、大神神社参道沿いに開業した「三輪伝承蔵」である。

「まちを醸す」――蔵で味わう土地の息吹
この新しい酒蔵は、歴史と風土、伝統技法を建築に織り込み、酒文化を体感できる空間として設計された。外壁には弥生時代から伝わる板倉造り、内部に校倉(あぜくら)造りの意匠を取り入れ、屋根は禅宗様の扇垂木と社寺に多用される桔木(はねぎ)を融合させた。これにより、古代から中世にかけての建築美を現代に息づかせている。
建材は三輪山の杉に起源をもつ吉野杉を使用した。長い年月をかけて育まれた木を用いることは、自然と人の営みを未来へつなぐ象徴的な選択といえる。まさに「場所の記憶」を体現した蔵である。
伝承蔵では「地の米で、地の水で、地の技で醸す」を信条に、室町時代に奈良・正暦寺で生まれた日本最古の酒母「菩提酛(ぼだいもと)」を全面的に採用する。自社田での栽培や契約農家との連携により全量奈良県産米を使用し、地域農業と共生する。蒸米は吉野杉の甑、発酵は吉野杉の木桶を用いる。
現代的な効率化と一線を画し、伝統と風土に根差す「清く正しい酒造り」を哲学に掲げる。清くとは曇りのない空気感、正しいとは手間を惜しまない姿勢を意味する。
酒造りを通して「まちを醸す」という視点が息づいている。

蔵の中では、蔵仕込みの酒を購入したり、立ち飲みで味わったりできる。三輪の歴史風土、蔵びとの真摯な営みを五感で感じることができるのである。
今西さんは、
「三輪の深さを凝縮して実感できる交流の場にしたい」
と話す。

三輪から世界へ
今西さんが描く未来像は明確だ。ブルゴーニュに世界中のワイン愛好家が集うように、大神神社を中心とした三輪を世界のSAKE愛好家が訪れる聖地にしたい。
そのためには何よりも「おいしい酒を醸す」実力を磨き続けることが不可欠だと語る。すでに全国新酒鑑評会での金賞受賞など外部評価も得ているが、それを「日常の酒造りの延長にある通過点」と位置づける姿勢に、蔵の矜持が表れている。
将来的には、食と文化を通じたおもてなしで三輪を世界に発信し、発酵文化を核としたまちづくりを構想する。三輪と関わる人々は強い三輪愛を持っており、その熱量を観光客や酒愛好家に広げていくことが地域経済の循環につながると信じている。
「最古の神社の麓で、最古の技法を生かして酒を造る」。
これは土地の物語性を最大限に生かす試みであり、世界に向けて発信できる強力なブランド資産でもある。今西酒造の挑戦は、酒蔵経営にとどまらず、地域全体を巻き込んだ文化的実践であり、三輪を未来の「酒の聖地」へと導く道標(みちしるべ)になっている。

三輪ことぶれ屋・記録庫
本稿は、奈良新聞掲載のために今西酒造・三輪伝承蔵を取材し、執筆した原稿をもとに、Web掲載用に再構成したものです。
取材・文・写真 小関吉浩


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