第19話 日本最初の市場と三輪のえべっさん

三輪をつむぐ100のお話

むかし、三輪山のふもと初瀬川のほとり、今の桜井市金屋あたりに「海石榴市(つばいち)」という市場があり、たいへん栄えていました。市場は、物を売り買いするだけの場所ではありません。たくさんの人が行きかい、物と物、人と人、そして新しい文化が出会う場所でした。
「紫は灰さすものぞ海石榴市の八十(やそ)のちまたに逢へる子や誰」
(紫の染料は灰汁を入れるものよ。灰にする椿の、海石榴市の八十の辻に逢ったあなたは何という名か。当時、女性の名を尋ねるのは、求婚の意味がありました。)
と古く万葉集に詠まれた海石榴市は、わが国で最初の市場といわれています。


平安時代の延長4年(926年)、長谷の山くずれによって初瀬川があふれ、海石榴市は市場も家もことごとく押し流されてしまいました。そのため、大神神社のご祭神、大己貴命(大国主命)のお子さまの事代主命(ことしろぬしのみこと)を、あらためて三輪でまつり、海石榴市に代わる市を新しく立てたのが三輪坐惠比須神社(みわにいますえびすじんじゃ)の始まりです。新たな市場は海石榴市と同じく大いに栄え、しだいに「三輪の市」と呼ばれるようになりました。源氏物語の「玉鬘」をはじめとする数々の平安文学に「椿市」「三輪の市」として描かれています。


市を立てることは神のはからいとされ、市場神をまつるならわしが、三輪の市から住吉の市、西宮の市へ、さらには全国へと広がり、「市の始めは大和国三輪市にあり」と遠く関東地方にまで言い伝えられています。


事代主神は、海で釣りをしていた神として『古事記』などに登場し、のちに鯛を抱えた「えびすさま」の姿でも親しまれるようになりました。三輪坐惠比須神社では、この三輪の市こそ、えびすさまが市場の神、商売繁昌の神としてお祀りされた始まりであると伝えています。そして、親神の大国さまとともに、福の神えびすだいこくとして広く親しまれるようになったのです。


日本最初の市場、海石榴市の流れをくむ三輪坐惠比須神社「三輪のえべっさん」の初市は「六日市」とも呼ばれ、毎年2月6日(旧暦1月)を中心とする3日間は大勢の参拝客でにぎわい、市場町として始まった三輪の町の伝統を伝えています。


「商売繁昌のえびす神」は、ここ三輪から始まったのです。

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