ことぶれ屋、はじめの一歩

こと源実験室

――参道の駐車場に店を出した日

写真を整理していたら、懐かしい写真が出てきました。
2022年11月20日。
三輪の参道沿いにある私有駐車場にテントを張り、「事触屋源五郎」の店を出したときの写真です。
今振り返ってみると、これがことぶれ屋として最初に実行した「仕掛け」だったように思います。

はじまりは、友達のドーナツ屋さん

きっかけは、友達のドーナツ屋さんでした。
「三輪の参道で店を出してみたい」
そんな話を聞いて、それならばと、参道沿いに駐車場を持っている方につなぎました。

場所を借りることができ、ドーナツ屋さんが出店することになりました。
でも、一軒だけぽつんと店が出ているのも寂しい。
「それなら、自分も何か店を出してみよう」
そうして、隣にテントを張ったのが「事触屋源五郎」。
「松の馬場縁結び広場」と名づけたミニマルシェでした。

立派な店舗があったわけではありません。
砂利敷きの駐車場にテントを一張り。机に布を掛け、手書きの看板を下げただけの小さな店です。

売ったのは、本と「巳ぃさん」

店に並べたものも、自分で用意できるものだけでした。

一つは、自著『年がら年中饅頭祭』。
奈良の和菓子について書いた本です。

そしてもう一つが、手作りの「巳ぃさん」。
三輪では、蛇は大神神社の御祭神・大物主大神の化身として親しまれ、「巳ぃさん」と呼ばれています。
沖縄で見たハブの郷土玩具をヒントに、「三輪にもこんな郷土玩具があったら面白いな」と思い、自分で作ってみました。時間のあるときに、一本一本手で編んで作っていました。

「幸運をつかんで離さない 三輪名物 縁起物」
そんな手書きの紙を貼って、一つ700円。写真を見ると、ずいぶん素朴な店です。

「巳ぃさん」で小さな仕事をつくれないか

実は、この「巳ぃさん」には、もう一つ考えていたことがありました。

自分一人で作って売るだけではなく、地域のお年寄りの手仕事やリハビリ、障碍のある方の仕事などとして作ってもらうことはできないだろうか。
そして、三輪のまちのお店や催しなどで販売できないだろうか。
そんなことを考えていました。

三輪の文化から生まれたものを、地域の人が手仕事で作る。
それを三輪を訪れた人が買って持ち帰る。
小さな郷土玩具を通して、三輪の文化と、人と、仕事がつながっていく。

当時はまだ、そこまで具体的な仕組みにできたわけではありません。
けれども、今考えると、その後のことぶれ屋の活動につながる種の一つだったように思います。

売上は、ほぼゼロ(笑)

さて、肝心の商売はどうだったか。
売上は、ほぼゼロでした(笑)。

雨の日もありましたし、そもそも通りがかりの人が、突然現れた「事触屋源五郎」という怪しい店で、見たこともない蛇の玩具を買ってくれるはずもありません。
商売としては、見事なくらい成功しませんでした。
でも、不思議と失敗したという記憶はありません。

友達が「店を出してみたい」と言う。
場所を持っている人につなぐ。
一軒では寂しいから、自分も店を出してみる。
自分の知っている三輪や奈良の文化を形にして並べてみる。
そして、そこからまた何かできないかと考える。

今のことぶれ屋がやっていることと、あまり変わらないのです。

まず、やってみる

今では、三輪ことぶれ屋の活動もずいぶん広がりました。
けれども、最初から何か立派な構想があったわけではありません。

誰かの「こんなことをやってみたい」という話を聞く。
人と人をつなぐ。
使える場所を見つける。
そして、自分も一緒になって遊んでみる。
うまくいかなければ、それもまた面白い。
そこから次のことを考える。

「まちづくり」というほど大層なことではなく、まちにあるものを使い、まちにいる人とつながりながら、まずは小さくやってみる。
後になって「まちづくりから、まちづかいへ」と言うようになりましたが、考えてみれば、この頃からやっていたことは同じだったのかもしれません。

雨の参道。
砂利敷きの駐車場。
緑色のテント。
手書きの「事触屋源五郎」の看板。
そして、売れない「巳ぃさん」。

2022年11月。

ここが、ことぶれ屋の「はじめの一歩」でした。

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