松の馬場・上街道コース
2026.09.06
🚶 約2km / ⏰ 約30分
三輪駅から、文学をたどって三輪の旧市街へ。
三輪駅を出発し、松の馬場から上街道を歩いて三輪駅へ戻る、ほぼ平坦なコースです。
コース地図
三輪駅を出発し、松の馬場から5つの文学スポットを巡って、
再び三輪駅へ戻るコースです。
三輪駅から出発しましょう。
5つの文学スポット
コースを歩きながら文学に触れると、
右側にスタンプが集まっていきます。
五つの文学スポットを巡ったら、最後に三輪駅へ戻りましょう。
① 馬場先 池田邸
「イザベラ・バード 三輪に泊まる」
イザベラ・バード『日本奥地紀行』
未取得
② 西町 ゲストハウスみもろ
「三輪初市の賑わい」
辻本好孝『和州祭礼記』
未取得
③ 中町 今西酒造
「三輪のうま酒」
中里介山『大菩薩峠』「三輪の神杉の巻」
未取得
④ 上市 春日神社
「玉鬘 椿市の再会」
紫式部『源氏物語』「玉鬘」
未取得
⑤ 松之本 玉井製麺所
「名物三輪素麺」
『日本山海名物図会』
未取得
あがり 三輪駅
五つの文学スポットを巡ったら、
三輪駅へ戻りましょう。
松の馬場・上街道コース 完歩
未取得
① 馬場先 池田邸
イザベラ・バード『完訳 日本奥地紀行』
「イザベラ・バード 三輪に泊まる」
イザベラ・バード 三輪に泊まる
英国の女性旅行家イザベラ・バードは、
明治11年(1878)、京都から伊勢へ向かう旅の途中で
三輪に一泊しました。
『完訳 日本奥地紀行』を読む
私たちが人口約1200人の町三輪に着いたのは暗くなってからだったが、
入った宿はとても快適だった。
宿の人々がとても親切だったし、
部屋は蔵造りの二階の部屋だった。
部屋からは神社巡礼で有名な神社に通じる松並木が見えた。
すばらしかった。
事実、巡礼者の受け入れはここ三輪の重要な活動になっているようである。
ギューリック夫人が日本語を話せるので、
私たちは宿の女将と最初から大変和やかに打ち解け、
私たちの部屋はまもなく女将やその娘、女中、
さらにはいろんな年齢の子供でいっぱいになった。
この女性たちは私たちが頸までくる洋服を着ていることに
とても驚いた。
そしてギューリック夫人が、
私たちには皆さんがしている帯のところまではだけるような
着物の着方は、女性らしさや「品行方正さ」に欠けるように
思われますと答えると、なおいっそう驚いた。
そして女将は、違う女性が入ってくる度に、
その人に向かって、このような、彼女からすると変な外国人の
考え方を繰り返し伝えた。
イザベラ・バード『完訳 日本奥地紀行』
(金坂清則訳)
三輪の人々とイザベラ・バード
バードが泊まった宿は、
この馬場先、一の鳥居の近くにあったと考えられています。
さて、バードが宿の二階から眺め、
「すばらしかった」と書き残した
大神神社へ続く松並木。
それが、あなたが三輪駅からここまで歩いてきた
「松の馬場」です。
バードは、三輪の宿の人々をとても親切だったと書いています。
また、大神神社へ向かう松並木や、
巡礼者を迎える町としての三輪にも
好い印象を持ったようです。
一方、宿には外国人女性を一目見ようと、
女将や娘、女中、子供たちまで集まってきました。
洋服と着物の違いをめぐって、
お互いがお互いを「変わっている」と驚いているところも
面白いところです。
いま一度、歩いてきた松の馬場を振り返ってみてください。
明治11年、イザベラ・バードもこの松並木を眺め、
このあたりの宿で三輪の人々と一夜を過ごしました。
― 解説はここまでです ―
🎉 ① 池田邸のスタンプを獲得しました!
済
池田邸
スタンプ帳に、
①池田邸のスタンプが押されました。
次は② ゲストハウスみもろです。
地図で①から②へ続くルートを確認して、
次の文学スポットへ向かいましょう。
② 西町 ゲストハウスみもろ
辻本好孝『和州祭礼記』(1944年)
「三輪初市の賑わい」
三輪初市の賑わい
辻本好孝の『和州祭礼記』には、
三輪の初市と、かつてこの町で栄えた商人たちの姿が記されています。
『和州祭礼記』を読む
三輪には有名な巨商が続出し、特に布袋屋は、
徳川中期から末期へかけて飛ぶ鳥も落すやうな勢で、
毎年初市の前日出入の商人を招いて新年宴会を開き
そのあとで別に「布袋屋市」を立てた。
それがため同家の広い門前は、
雑穀を運んで来た馬で埋まつたと
今なほ地方の語り草になつてゐる。
辻本好孝『和州祭礼記』(1944年)
市場町としての三輪
『和州祭礼記』は、
磯城郡の祭礼や民俗行事を記録した本です。
そこには、往時の三輪の繁栄の様子や、
三輪恵比須神社の初市祭の賑わいが記されています。
とりわけ印象的なのが、
初市の前日に商人を招いて宴会を開き、
さらに「布袋屋市」を立てたという話です。
その門前が、
雑穀を運んできた馬で埋まったというのですから、
当時どれほど多くの人や物が三輪に集まっていたのかが
想像できます。
ここで思い浮かべたいのは、
「人が参る三輪」だけではなく、
「人と物が集まり、商いが行われる三輪」です。
①池田邸では、
旅人を迎える宿場・門前町としての三輪を見ました。
ここ②では、
市が立ち、商人が集まり、物が行き交う
市場町としての三輪が見えてきます。
次は③今西酒造へ向かいます。
そこでは、三輪を代表するもう一つの文化、
「うま酒」の世界をたどります。
― 解説はここまでです ―
🎉 ② ゲストハウスみもろのスタンプを獲得しました!
済
みもろ
スタンプ帳に、
②ゲストハウスみもろのスタンプが押されました。
次は③ 今西酒造です。
地図で②から③へ続くルートを確認して、
次の文学スポットへ向かいましょう。
③ 中町 今西酒造
中里介山『大菩薩峠』「三輪の神杉の巻」(1915年)
「三輪のうま酒」
三輪のうま酒
中里介山の長編時代小説『大菩薩峠』には、
三輪を舞台にした「三輪の神杉の巻」があります。
その中で、三輪の酒はこんな言葉で称えられています。
『大菩薩峠』を読む
甘美にして古雅な味が古へから湛へられて居るといふことは
三輪のうま酒の誇りであつた。
中里介山『大菩薩峠』
「三輪の神杉の巻」(1915年)
うま酒のまち・三輪
『大菩薩峠』は、
何度も映画化された長編時代小説です。
「三輪の神杉の巻」では、
三輪が重要な舞台の一つとして描かれています。
その中に登場するのが、
三輪の「うま酒」です。
「甘美にして古雅な味」
小説の中でも、
三輪の酒は単なる飲み物ではなく、
古くからこの土地に受け継がれてきたものとして
語られています。
いま、あなたが立っている今西酒造も、
三輪で酒造りを続けてきた蔵元です。
三輪では古くから、
酒と神への祈りが深く結びついてきました。
①では旅人を迎える三輪、
②では商人や物が集まる三輪を見てきました。
そして③では、
この町を代表する産業と文化である
「うま酒の三輪」が見えてきます。
『大菩薩峠』には「一夜酒の祭」が描かれますが、
小説の具体的な祭りの情景は文学作品として描かれたものです。
一方、三輪では現在も活日神社の例祭が営まれ、
酒造りと神への祈りの文化が受け継がれています。
次は④春日神社へ向かいます。
そこでたどるのは、
『源氏物語』に描かれた長谷詣でと
「椿市」の物語です。
― 解説はここまでです ―
🎉 ③ 今西酒造のスタンプを獲得しました!
済
今西酒造
スタンプ帳に、
③今西酒造のスタンプが押されました。
次は④ 春日神社です。
地図で③から④へ続くルートを確認して、
次の文学スポットへ向かいましょう。
④ 上市 春日神社
紫式部『源氏物語』「玉鬘」
「玉鬘 椿市の再会」
玉鬘 椿市の再会
『源氏物語』「玉鬘」には、
長谷寺へ向かう人々の旅の中で、
思いがけない再会が描かれています。
筑紫から都へ戻ってきた玉鬘の一行は、
長谷寺へ参詣するため大和へ向かいます。
一方、右近も長谷詣でに出ていました。
そして、その道中で、
生き別れになっていた人々が偶然に巡り会います。
『源氏物語』を読む
「あが御許にこそおはしましけれ。あな、うれしともうれし。
いづくより参りたまひたるぞ。上はおはしますや」
と、いとおどろおどろしく泣く。
若き者にて見なれし世を思ひ出づるに、
隔て来にける年月数へられて、
いとあはれなり。
紫式部『源氏物語』「玉鬘」
長谷詣でと椿市
この場面は、
単に「椿市で再会した」というだけの話ではありません。
『源氏物語』の中では、
人々が長谷寺を目指して旅をし、
宿を取り、
御燈明など参詣の支度を整えながら進んでいく姿が描かれています。
椿市は、
長谷寺へ向かう道の途中で、
人が泊まり、物を買い、
旅の準備をする町でもありました。
源氏物語が書かれた頃、
古代の海石榴市から移ってきた椿市は、
現在の三輪の地にあったと考えられています。
いま、あなたが立っているのは三輪の上市です。
春日神社そのものを
『源氏物語』の再会地点と断定することはできません。
ここでは、
この三輪のまちを歩きながら、
千年前の人々が長谷寺を目指して行き交った
「椿市」の風景を思い浮かべてみてください。
長谷寺へ向かう人々が宿を取り、
灯明などを買い整え、
再び旅立っていく。
①では旅人を迎える三輪、
②では市場町としての三輪、
③ではうま酒の三輪を見てきました。
④では、
長谷詣での道中にある宿場・市場としての三輪
が、千年前の物語から見えてきます。
次は⑤玉井製麺所へ向かいます。
最後にたどるのは、
江戸時代に全国へ知られた
「名物三輪素麺」です。
― 解説はここまでです ―
🎉 ④ 春日神社のスタンプを獲得しました!
済
春日神社
スタンプ帳に、
④春日神社のスタンプが押されました。
次は⑤ 玉井製麺所です。
地図で④から⑤へ続くルートを確認して、
最後の文学スポットへ向かいましょう。
⑤ 松之本 玉井製麺所
『日本山海名物図会』(1754年)
「名物三輪素麺」
名物三輪素麺
江戸時代中期の名産案内書
『日本山海名物図会』には、
三輪素麺が当地方を代表する名物として紹介されています。
『日本山海名物図会』を読む
大和三輪索麺 名物なり。
細きこと糸のごとく、
白きこと雪のごとし。
ゆでてふとらず。
余国より出るそうめんの及ぶ所にあらず。
『日本山海名物図会』
平瀬徹斎編著・長谷川光信画(1754年)
旅人をもてなす三輪素麺
『日本山海名物図会』では、
三輪素麺の細さや白さ、
茹でても太らないことが称えられています。
そして、この記述のおもしろいところは、
素麺そのものだけではありません。
三輪には大神神社があり、
参詣する人が多いため町が繁昌し、
旅人を泊める旅籠でも
名物の素麺をもてなした、と記されています。
三輪素麺は、
ただこの土地で作られる名産品だったのではなく、
三輪を訪れた人を迎える食でもあったのです。
ここまで五つの文学スポットを歩いてきました。
①では、旅人が宿を取る三輪。
②では、市が立ち、
商人や物が集まる三輪。
③では、酒を醸す三輪。
④では、長谷寺へ向かう人々が
宿を取り、旅の支度をする三輪。
そして⑤では、
その旅人たちを名物の素麺でもてなす三輪が見えてきます。
旅人が宿を取り、
商人が集まり、
参詣の人々が行き交う。
酒を醸し、
素麺をつくり、
それを訪れた人々にふるまう。
五つの文学から見えてきたのは、
人を迎え、人が行き交い、
商い、食べ、飲み、祈る、
一つの三輪のまちでした。
五つの文学スポットは、これですべてです。
では、三輪駅へ戻りましょう。
― 解説はここまでです ―
🎉 ⑤ 玉井製麺所のスタンプを獲得しました!
済
玉井製麺所
スタンプ帳に、
⑤玉井製麺所のスタンプが押されました。
五つの文学スタンプがそろいました。
あとは三輪駅へ戻るだけです。
地図で⑤から三輪駅への帰り道を確認しましょう。
あがり 三輪駅
五つの文学スポットを巡ったら、
三輪駅へ戻りましょう。
①〜⑤のスタンプがすべてそろい、
三輪駅へ戻ってくれば、このコースは完歩です。
五つの文学スタンプがそろいました。
あとは三輪駅へ戻るだけです。
🎉 松の馬場・上街道コース 完歩!
あがり
三輪駅
三輪駅のスタンプを獲得しました。
スタンプ帳にも、
「あがり 三輪駅」のスタンプが押されました。
ようお参りでした。
三輪駅を出発し、
五つの文学をたどって、
再び三輪駅へ戻ってきました。
イザベラ・バードが泊まった三輪では、
旅人を迎える宿場・門前町の姿を見ました。
『和州祭礼記』からは、
市が立ち、商人と物が集まる
市場町の賑わいが見えてきました。
『大菩薩峠』には、
古くから受け継がれてきた
「三輪のうま酒」が描かれていました。
『源氏物語』からは、
長谷寺へ向かう人々が行き交った
椿市の風景をたどりました。
そして『日本山海名物図会』では、
三輪を訪れた旅人を
名物の素麺でもてなす町の姿が描かれていました。
宿場、門前町、市場町、うま酒、素麺。
文学の中に残された三輪を、
今日の三輪のまちなみの中で歩いてきました。
ようお参りでした。