大きな大国主さまと小さな少彦名さまは力を合わせて国づくりをすすめました。少彦名さまは、ただの小さな神さまではなく、知恵と勇気にあふれた楽しい心のもちぬしでした。二人はいなもみをかついで国じゅうをめぐり、こくもつを育て、やまいをなおすくすりをおしえ、牛や馬をかう道具をひろめ、お酒をかもし、橋をかけ、温泉をひらき、国づくりの知恵とわざを人々につたえました。
あるとき、二人は「重いねん土をはこぶのと、うんこをがまんするのと、どちらが遠くまで行けるか」というくだらない言いあらそいを始められます。意地をはりあってがまんした二人ですが、大国主さまがとうとううんこをもらしてしまい、少彦名さまもこらえきれずにねん土を投げ出して、二人は大わらいして仲なおりをされました。
こうして、二人はどんなに考えがぶつかってもたがいにみとめ合い、笑顔でのりこえる友となって、あしはらのなかつ国(日本の国)を人のすめるゆたかな国にしていかれたのです。
あるとき、大国主さまは少彦名さまに「わたしたちのつくった国はよくできたと言えるだろうか」とかたりかけられました。少彦名さまは、「できたところもあれば、できなかったところもありますね」と意味深くこたえられました。そして、少彦名さまは「常世の国に行かなくては」と言い出し、淡島で粟のくきによじのぼってはじきとばされ、常世の国にたびだたれたのです。
大国主命(大己貴命)と少彦名命は、お互いの個性を補い合いながら力を発揮し、唯一無二の相棒として絆を深めていかれます。
少彦名命は最後まで自由な神さまでした。国づくりをともにしてきた大国主命のもとを離れ、高天原に戻るのでもなく、海のかなたの常世の国へと旅立っていかれます。
その後、大己貴命の国づくりを助けるために現れたのが、大己貴命の幸魂奇魂である大物主命です。大物主命は三輪山にお祀りするように告げられ、三輪山に鎮まられました。
そして現在の大神神社では、大物主大神を主祭神として、大己貴神と少彦名神がともにお祀りされています。国をつくった大己貴命。その国づくりをともに進めた少彦名命。そして、その国づくりを完成へと導き、三輪山に鎮まられた大物主命。神話の中で国づくりをした神さまたちが、今も三輪の山にお祀りされているのです。
また、国づくりをされたこれらの神々は、農業、医薬、酒造り、まじないなど、人々の暮らしを支えるさまざまな知恵とわざをもたらした神として、今も全国各地で信仰されています。


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