第15話 天照大御神(あまてらすおおみかみ)の旅

第10代崇神(すじん)天皇が三輪山のふもとにみやこをかまえておられたころ、国にやまいがはびこり、多くの民がいのちをおとしました。天皇は朝に夕に国を守る神々にいのりつづけられましたが、わざわいはおさまらず、心の安らぎをしだいに失われていきました。

それまで天照大御神は天皇ご自身がおそばでおまつりされていましたが、天皇は神の強いいきおいにおそれをいだかれるようになり、ご神体である八咫鏡(やたのかがみ)を皇女とよすきいりひめさまにあずけて、「これより後は、あまてらすさまを三輪の笠縫邑(かさぬいむら)におまつりせよ」とおおせになりました。

とよすきいりひめさまは、笠縫邑に神籬(ひもろぎ)をたててあまてらすさまをおしずめし、御杖代(みつえしろ)となって33年のあいだおつかえされました。第11代垂仁天皇の御代に、御杖代を受け継いだやまとひめさまが、新たにあまてらすさまのしずまるにふさわしいところを探し求めて旅に出られます。長いめぐり旅のすえ、あまてらすさまは伊勢の国の五十鈴川のほとりにおしずまりになりました。これが伊勢神宮の始まりです。

あまてらすさまがおしずまりになっていた笠縫邑のひもろぎは、そのままおまつりをつづけ、「元伊勢(もといせ)」と呼ばれるようになりました。今の「檜原(ひばら)神社」がその場所であるとされています。


大神神社摂社の檜原神社は、天照大御神をお祀りする古代からの聖地です。本社と同様に社殿をもたず、三ツ鳥居を通して磐座と背後の三輪山を天照大御神と一体として拝します。ここが、代々宮中でお祀りされていた皇祖神、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を初めて外にお祀りした笠縫邑の「磯堅城の神籬(しかたきのひもろぎ)」とされ、天照大御神が三輪山の麓から伊勢に遷られた後も「元伊勢」として信仰を集めてきました。

境内からは大和盆地を一望でき、春と秋の彼岸ごろには注連鳥居を通して二上山の峰の間に夕日が沈む「鞍落ち」を見ることができます。豊鋤入姫さまがおられたころから変わらぬ夕景は、悠久の時を超えて訪れる人々の心を照らします。

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