第25話 蜂の恩返し

むかし、三輪の市のそばに城をかまえた余吾大夫(よごのたいふ)という武士がいました。あるとき、余吾大夫は敵に攻められて城も家来も失ってしまい、初瀬山の奥へ逃げ、笠置という山寺の岩屋に身を隠しました。

そこで、くもの巣にかかってもがいている一匹の大きな蜂を見つけました。「どんな小さな生き物でも、命は大切なものだ」と余吾大夫は、蜂をくもの巣から助け出してやりました。するとその夜、夢に一人の男が現れてこう言いました。
「昼間、助けていただいた蜂でございます。ご恩返しに、あなたのお城を取り戻すお手伝いをいたしましょう」
そして男は、三輪に戻って仲間を集め、城の近くに小屋を建てて大きなつぼやひょうたんをたくさん集めるように言いました。

余吾大夫は不思議に思いながらも言われたとおりにしました。その朝、山から何百何千という蜂が飛んできて、つぼに隠れました。そこへ、たくさんの敵が押し寄せてきました。そのときです。小屋から蜂の大群が、黒い雲のように飛び出して、敵の目や鼻、顔じゅうを次々に刺しました。「痛い、痛い!」と敵は大あわてで弓も矢も放り出して逃げまどいます。余吾大夫と仲間たちは、見事に敵を打ち破り、もとの城を取り戻しました。

余吾大夫は、戦いで命を落とした蜂のために、感謝の気持ちを込めてお堂を建て、毎年大切に供養したということです。

一匹の蜂にかけた小さな情けが、やがて大きな力となって返ってきたのでした。


この物語は、鎌倉時代中期の説話集『十訓抄』に収められています。この話が収められた第一篇の題は「人に恵を施すべき事」。余吾大夫が蜂の命を助け、その蜂から恩返しを受けるという物語を通して、命を慈しみ、他者に情けをかけることの大切さを説いています。本文には「蜂は短少の虫なれども、仁智の心あり」とあります。小さな虫であっても、思いやりや恩を知る心があるというのです。

物語は、余吾大夫が長年、三輪の市のそばに城を構えて住んでいたと記しています。800年近く前に成立した説話集に、三輪を舞台とする物語が残されていることは、このまちの歴史を考えるうえで興味深いことです。

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