― 福づつみに小さな「まちかど博物館」
三輪駅前の小料理屋「福づつみ」の壁に、一枚の浮世絵を展示しました。
一枚といっても、実は二枚続き。二枚をつなげると、一つの場面になります。
描かれているのは、歌舞伎・人形浄瑠璃の名作『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』の「三輪杉酒屋の段」。
そう、この浮世絵の舞台は、ここ三輪なのです。
江戸時代に描かれた「三輪杉酒屋」
浮世絵は、三代歌川豊国(初代歌川国貞)が安政6年(1859)に描いた大判錦絵二枚続です。
『妹背山婦女庭訓 三輪杉酒屋の段』
三代歌川豊国(初代歌川国貞)画
安政6年(1859)
大判錦絵 彩色木版刷 36.5×24.5cm 二枚続
たにぐく堂蔵
描かれているのは、杉酒屋娘おみわ、でっち子太郎(ねたろう)、ゑぼし折求女(えぼしおりもとめ)。
『妹背山婦女庭訓』は、大和を舞台にした人形浄瑠璃・歌舞伎の名作です。
「杉酒屋の段」の舞台は三輪。杉酒屋の娘お三輪と、恋人の烏帽子折求女をめぐる物語が繰り広げられます。
江戸の人々も、芝居や浮世絵を通して「三輪の物語」に親しんでいたのです。
古本屋で見つけた「三輪」
この浮世絵を見つけたのは、インターネットの古本屋でした。価格は送料込み4,750円。
三輪に関係する昔の資料が、今も古書店や骨董市場などを通して、全国のどこかに残されているのでしょう。
そんな「三輪」を見つけて少しずつ集め、三輪へ戻し、記録し、次の時代へ残していく。これも、参加型まちごと博物館「たにぐく堂」の役割の一つではないかと思います。
そこで、この浮世絵を「たにぐく堂」の収蔵資料とすることにしました。
原品は保存し、複製をまちの中へ
とはいえ、江戸時代の彩色木版画です。そのまま店内に掛け続ければ、光による退色も心配です。
そこで原品は保存し、コンビニのコピー機でデジタルデータにして印刷。500円で購入した額に入れ、複製を福づつみに展示することにしました。
そして、
「この浮世絵、実は三輪です。」
というA5判のキャプションも作りました。
作品の由来を知らなければ、店の壁に浮世絵が掛かっていても、そのまま通り過ぎてしまうかもしれません。でも、「実は三輪です」と分かれば、ちょっと近づいて見てみたくなります。
紅白の糸をたどって
そして福づつみには、もう一つ「お三輪」の物語があります。
入口近くに置かれている、紅白の糸を巻いた「苧環(おだまき)」です。
お三輪が糸をたよりに恋しい人を追う『妹背山婦女庭訓』の物語には、糸をたどって三輪山の神を訪ねる、古くから伝わる三輪山の神婚伝説が重ねられています。
古い木製の糸巻きに紅白の糸を巻き、その糸を長く伸ばして飾りました。
浮世絵のキャプションにも、
「店内には、物語に登場する紅白の苧環もあります。探してみてください。」
と書き添えています。
浮世絵を見て、説明を読んで、今度は店内を見渡して苧環を探す。
小さな仕掛けです。

本棚には『恋するお三輪』
さらに福づつみの本棚には、歌舞伎絵本『恋するお三輪』も置いてあります。
表紙のお三輪の手にも、よく見ると苧環があります。
江戸時代の浮世絵に描かれたお三輪。
店内に置かれた紅白の苧環。
そして、現代の絵本に描かれたお三輪。
同じ物語が、時代と表現を変えながらつながっています。
絵本は自由に手に取って読んでいただけます。

まちの中に、小さな博物館を
たにぐく堂は、三輪のまち全体を「参加型まちごと博物館」として楽しもうという取組です。
立派な博物館の建物をつくり、貴重なものを一か所に集めなければ、博物館ができないわけではありません。
まちの中にある店や町家に、その場所とつながるものを置く。
そこに小さな説明を添える。
すると、何気なく見ていたものや場所に、物語が見えてきます。
今回も、古本屋で見つけた一枚の浮世絵と、古い糸巻き、一冊の絵本から始まりました。
でも、それぞれのつながりを知ると、福づつみの店内が少し違って見えてきます。
料理を待つひとときに浮世絵を眺め、
「へえ、これ三輪なんや」
と気づく。
紅白の糸をたどって苧環を見つける。
そして、気になったら本棚から『恋するお三輪』を手に取ってみる。
そんな小さな発見を楽しめる場所が、三輪のまちのあちこちに増えていけばと思います。
福づつみの小さな「まちかど博物館」、始まりました。


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