テントから店へ――白酒屋が三輪で育てた商い

三輪栄町かえしば

大神神社の参道沿いで、いま一軒の店がつくられています。といっても、普通の新築店舗ではありません。中古のコンテナをいくつも運び込み、それを組み合わせながら店をつくっています。

店の名は「白酒屋」。長谷寺門前で長く商いを続けてきた老舗です。

長谷寺門前から三輪へ

長谷寺の門前には、草餅を売る店が何軒もあります。長谷へ行けば草餅。店先で焼かれる草餅の香りも、長谷寺門前の風景の一つです。白酒屋も、その長谷寺門前で古くから商いを続けてきた店の一つです。
その白酒屋が数年前、大神神社へ向かう三輪の参道沿いに土地を求め、商いを始めました。

長谷寺門前では、長谷寺の近くに駐車場が整備されたことで、以前のように門前を歩く参拝客が少なくなりました。一方、三輪では、大神神社へ向かう多くの参拝客が参道を歩きます。
白酒屋が三輪へ進出した背景に、こうした二つの門前町の人の流れの違いに対する危機意識や商人としての判断があったのかどうか。これは、いずれ店の方にも聞いてみたいと思っています。

店をつくる前に、商いを始める

白酒屋が三輪で最初に構えたのは、立派な店舗ではありませんでした。空き地にテントを張って、そこで商いを始めました。

当初聞いていた話では、テント営業は半年ほど。その間に店舗を建てるという計画でした。ところが半年が一年になり、二年になり、結局テントでの営業は二年半ほど続きました。

その間に知ったこともあります。
店舗がなくても、テントで営業しながら電気を契約することができる。
一方で、もちろん不便もあります。夏のテントは暑く、冷房を入れてもなかなか効きません。暑い季節で、しかも参拝客の少ない日には、無理をせず店を閉めることもありました。

商いというものは、最初に思い描いた計画どおりにはいかないのでしょう。
それでも、まずやってみる。三輪を歩く人を見ながら商いを続ける。そして、その場所に合ったやり方を少しずつ見つけていく。
白酒屋の二年半は、そんな時間だったのかもしれません。

行列のできるテントになった

テントだから客が来ない、ということでもありませんでした。週末や毎月のおついたちには、テントの前に行列ができるようになりました。人気は、もちろん長谷名物の草餅。そして意外に、と言ってよいのか、奈良漬もよく売れていました。

立派な建物があるから店になるのではない。そこへ行けばあれが買える。あの人がいる。また寄ってみよう。そんなことの積み重ねで、空き地に張ったテントが、いつの間にか三輪参道の一軒の「店」になっていったように思います。

そして二年半を経た今、白酒屋は中古コンテナを利用した常設店舗づくりを始めています。
店をつくってから商いを始めたのではなく、商いを始めてから店をつくった。
この順番が、とても面白いと思っています。

「ようお参り」も長谷からやってきた

白酒屋が三輪へ持ってきたものは、草餅だけではありません。
「ようお参り」
白酒屋の店先では、そんな声が聞こえます。これは長谷寺門前で、参拝に訪れた人にかけてきた挨拶です。

商品だけではなく、門前町の商人の言葉まで、長谷から三輪へやってきました。同じ桜井市にあり、古くから多くの人がお参りに訪れてきた長谷と三輪。一軒の店の移動を通して、二つの門前町が思わぬところでつながっています。

長谷名物が、三輪名物になる日

もう一つ、これから見ていたいことがあります。

長谷寺門前では、草餅を売る店が何軒もあり、草餅はすっかり「長谷名物」になっています。ところが、同じ桜井市でも三輪では、これまで草餅は門前の名物ではありませんでした。
そこへ長谷寺門前の老舗がやってきて、草餅を売り始めた。最初は「長谷名物の草餅を三輪でも買える」ということだったでしょう。けれど、おついたちになると白酒屋の前に人が並び、「三輪へ来たら白酒屋で草餅を買う」という人が増えていく。

それが何年も続いたら、どうなるでしょう。
いつの日か、「三輪へ来たら草餅」と言われるようになるかもしれません。
名物というものは、最初から名物として生まれるものではないのでしょう。誰かが始め、人が喜び、繰り返し買われ、その土地の風景になっていく。その積み重ねの先に、「名物」と呼ばれるものが生まれるのかもしれません。

いま私たちは、その途中を見ているのかもしれません。

小さく始めて、育てる

私たちが取り組んでいる「三輪栄町かえしば」でも、白酒屋のこの歩みに注目しています。

かえしばは、空き店舗や空き地を使って、間借りや週末出店などから小さく商いを始めてもらう取り組みです。
最初から大きな資金を投じて立派な店を構えるのではありません。まず三輪でやってみる。お客さんと出会う。自分の商いがこのまちで成り立つのかを試してみる。そして商いが育ったら、やがてそこを卒業し、自分の店を持ってもらう。

もちろん、白酒屋とかえしばでは、仕組みも立場も違います。
それでも白酒屋が実際に三輪でやってきた、
場所を見つける。
小さく始める。
商いを続ける。
そして店へ育てる。

という歩みからは、大きなヒントをもらっています。

空き店舗を埋めることや、新しい建物をつくることそのものが、まちを元気にするのではないのでしょう。
そこに小さな商いが生まれる。
人が立ち寄る。
顔なじみができる。
その商いが少しずつ育ち、やがて一軒の店になる。

そんなことが三輪のあちらこちらで起こるようになれば、まちは少しずつ変わっていく。

2024年、白酒屋は三輪参道の空き地にテントを張っていました。
2026年、その場所では中古コンテナを組み合わせた店づくりが進んでいます。

何年か先、この写真を見て、「ここから始まったんやなあ」と言える日が来るかもしれません。
そしてその頃、草餅が三輪の新しい名物の一つになっていたら、それもまた面白いことです。

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