二上山の鞍に夕日が沈む

三輪の自然
茅原大墓古墳より二上山鞍落ち

三輪から西を望むと、大和盆地の向こうに二上山が見えます。雄岳と雌岳、二つの峰が並ぶ二上山。その二つの峰の間、馬の鞍のように低くなったところへ夕日が沈むことを「鞍落ち」と呼びます。
三輪では、檜原神社から見る二上山の鞍落ちがよく知られています。10月2日ごろになると、二上山の二つの峰の間へ日が沈み、その光景を見ようと多くの人が集まります。

茅原大墓古墳から見てみる

2023年10月2日、私も鞍落ちを見ようと思いました。ただ、よく知られた檜原神社は多くの人で混雑します。そこで少し場所を変えて、茅原大墓古墳から二上山を眺めてみることにしました。
西の空が次第に赤くなり、太陽が二上山へ近づいていきます。そして、二つの峰の間へ。同じ二上山、同じ夕日でも、見る場所を変えると景色は少し違って見えます。

鞍落ちは一日だけではない

けれども、二上山の鞍落ちは「10月2日に檜原神社で見るもの」と決まっているわけではありません。太陽が沈む場所は、一年を通して少しずつ移っていきます。そして私たちが見る場所を移動すれば、二上山と太陽が重なる位置も変わります。

そのことを実感したのは、ずっと以前のことでした。
2014年7月19日、私はたまたま夕刻に明日香の石舞台古墳にいました。西の空を眺めていると、沈んでいく太陽がちょうど二上山の二つの峰の間へ近づいていきます。思いがけず出会った鞍落ちでした。
三輪から見る秋の夕日と、明日香から見る夏の夕日。場所を変え、季節を変えれば、二上山は違った表情を見せてくれます。

明日香石舞台古墳より二上山鞍落ち

太陽が季節を教えてくれる

毎日見ている太陽ですが、毎日同じところから昇り、同じところへ沈んでいるわけではありません。少しずつ位置を変えながら、夏至から冬至へ、冬至から夏至へと行き来しています。

時計もカレンダーもなかった時代、人々は山のどこから太陽が昇り、どこへ沈むのかを、今の私たち以上によく見ていたのではないでしょうか。
「あの山のあたりへ日が沈むようになった」
古代人はそんな日々の気づきから、季節の移り変わりを知り、田を耕し、種を播き、実りを迎える暮らしを営んでいたのでしょう。

古代の人も見た夕日

二上山へ沈んでいく太陽を眺めていると、いろいろなことを想像します。

三輪山麓で暮らした古代の人々は、この夕日をどのように眺めたのでしょう。
太陽の動きから季節を知り、農作業の時を知ったのでしょうか。
太陽そのものに、神の存在を感じる人もいたのでしょうか。倭笠縫邑の伝承からは天照大神をめぐる信仰が思い浮かびます。
三輪から東西へ伸びる北緯34度32分付近には、古代の遺跡や信仰の場所が連なり、「太陽の道」と呼ばれることがあります。二上山に沈む夕日を見ていると、そんな大和を東西に結ぶ線のことも頭に浮かびます。
そして二上山を見れば、箸墓古墳を築くとき、大坂山の石を人々が手渡しで運んだという『日本書紀』の物語も思い出します。

さまざまなイマジネーションを掻き立てられる、二上山の鞍へ沈む太陽。

山を見る。
太陽を見る。
季節を感じる。

すべての心を解き放って、この大きな景色に浸っていました。

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