第20話 大物主さまと倭迹迹日百襲姫

三輪をつむぐ100のお話

倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)は大物主(おおものぬし)さまの妻となりました。けれども、その神はいつも昼には見えず、夜にだけおいでになりました。姫は言いました。「あなたさまは、昼にお見えにならないので、そのお顔をはっきり拝見する事ができません。お願いですから、もう少しゆっくりしていってください。明日の朝、うるわしいお姿を拝見したいと思います」

大神は答えました。「そなたが言うことももっともだ。私は明日の朝、そなたの櫛を入れる箱に入っている。だが、決して私の姿に驚かないでくれ」

姫は不思議に思いながらも、夜が明けるのを待ちました。そして、そっと櫛の箱を開けると、そこには、うるわしい小さなへびが入っていました。その長さと太さは衣のひもほどで、それを見た姫は思わず悲鳴をあげてしまいました。すると、大神は恥ずかしく思い、すぐさま人のすがたになりました。「そなたは、耐えきれずわたしに恥をかかせたのだな。ならば、わたしも山にかえろう。お前にも恥をかかせることになるだろう」

そう言うと、大神は大空を渡り、三輪山へと昇っていきました。姫はその姿を仰ぎ見て深く後悔し、くずれるように座りこんだとたん、大事なところに箸が突きささり亡くなってしまいました。


倭迹迹日百襲姫は、崇神天皇のもとで巫女として神に仕え、神浅茅原(かんあさぢはら)で、大物主神がのりうつったと言い伝えられています。その後の婚姻伝説からもわかるように、姫が仕えた神とは大物主神そのものであったと考えられます。

倭迹迹日百襲姫は日本最古の前方後円墳である箸墓古墳に眠ります。前方後円墳はここ三輪山の麓から始まり、大和王権の広がりとともに各地に築かれていきました。

また、倭迹迹日百襲姫は「卑弥呼」であるとも言われています。さらに、姫の弟には、桃太郎のモデルとされる吉備津彦(きびつひこ)がいます。ということは、卑弥呼と桃太郎は姉弟だということができるのです。

現在、神浅茅原と考えられている桜井市茅原(ちはら)には、姫を祀る神御前神社(かみごぜんじんじゃ)があります。そこからは、今もなお大物主神が鎮まる三輪山のうるわしい姿を望むことができます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました